セルビア人とアルバニア人を繋ぐコソボの指揮者 柳澤寿男

セルビア人とアルバニア人を繋ぐコソボの指揮者 柳澤寿男

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SWITCHインタビューで米米CLUBの石井竜也と対談して話題となった柳澤寿男さんのコソボでの挑戦について紹介していきます。「音楽に国境があってはならない」という思いから紛争地帯で対立するセルビア人とアルバニア人を繋ぐコンサートを開催するまでを紹介していきます。

 

柳澤寿男(やなぎさわ ひさお)とは

指揮者。コソボという国で対立する民族を集めて1つのコンサートを開いた日本人指揮者です。世界が尊敬する100人の日本人にも選出されました。

 

コソボとは

2008年にユーゴスラビアのセルビアから独立を宣言した国。1999年に激化した民族間の争いは今でも続いている紛争地帯となっている国。

 

ミトロヴィッツア

コソボ北部にミトロヴィッツアという地域がありますが、ここは今でも夜になると銃声が響く争いの絶えない地域です。このミトロヴィッツアにはイバル川という川が流れているのですが、この川はかつて争ったセルビア人とアルバニア人が居住する地域を分断するように流れています。つまり、同じコソボという国に住んでいながら、橋を隔てて2つの民族が対立しているのです。

 

分断の橋

対立するセルビア人とアルバニア人のそれぞれが居住するエリアを分断する川には橋がかかっているのですが、この橋は”分断の橋”と呼ばれています。子供にはあの橋に近づいてはいけないという教育を施し、そのまま老人になるまでこの橋を渡ることはないと言われています。

 

コソボとオーケストラ

コソボが位置するバルカン半島周辺の国々では、国がオーケストラを抱えることに誇りを持っています。そのため、国が管理するオーケストラ団体、つまり国営オーケストラがバルカン半島の国々には多く存在しているのです。コソボでも国営オーケストラ「コソボ・フィルハーモニー」を有しており、その常任指揮者を柳澤寿男氏は任されているのです。

 

柳澤寿男のコソボでの暮らし

柳澤寿男氏は奥さんと幼い息子を日本に残し、国営オーケストラ「コソボ・フィルハーモニー」が用意したコソボのアパートに暮らしています。コソボは夏は30度を超え、冬は氷点下にまで気温は下がりますが、このアパートには冷暖房の設備はなく、停電や断水は毎日当たり前のように起こるようです。コソボ・フィルハーモニーに所属するメンバーと同じ環境にいることで、同じ目線に立つことができそれが良い演奏に繋がるという信念から、オーケストラの他メンバーと同じ環境で暮らしているのです。

 

柳澤寿男氏のお給料

柳澤寿男氏の月収はコソボの公務員の平均月収と同じくらいの3万円です。

 

柳澤寿男のコソボとの出会い

2007年、友人からの紹介でコソボでゲスト指揮者を任されたのが、コソボを初めて来訪したとき。当時はセルビア人とアルバニア人の争いの真っ只中でした。

 

なぜコソボで指揮を振り続けるのか

初めてコソボで指揮を振ったとき、オーケストラのメンバーから「セルビア人から攻め込まれた場合には楽器ではなく武器を手に取らないといけない」と言われるくらい一触触発の事態にありました。そのとき、メンバーから「音楽に国境はあってはいけないのに」と言われたことが強く心に刺さり、コソボで音楽を続けようと決意したそうです。

 

なぜコソボで2つの民族対立を超えてコンサートを開こうとするのか

初めてコソボで指揮を任された時は、紛争が激化しており「争いの最中にオーケストラコンサートを開いて意味があるのか?」とも考えたそうです。しかし、コンサートが終わったとき、観客の歓声と拍手、表情には、立場・地位・職業・民族を越えた”幸福”が確かに感じられ、音楽が持つ力を強く感じたそうです。この経験から、争い・民族を越えて音楽を演奏するコンサートを開催したいと考えるようになるのです。

 

セルビア人居住エリアとアルバニア人居住エリアでコンサート

柳澤寿男氏が参加した時点では、コソボの国営オーケストラ団体「コソボ・フィルハーモニー」のメンバーはみんなアルバニア人で構成されていました。しかし、柳澤寿男氏を中心としてセルビア人のメンバーを引き入れ、対立する民族で構成されたオーケストラで演奏を行うコンサートの開催に成功しました。セルビア人居住エリアとアルバニア人居住エリアのそれぞれで開催されたコンサートは大成功を収め、コソボに新たな歴史が作られました。コンサート終了後には対立する民族となるメンバーで喜びを分かち合い、メールアドレスを交換するといった親交も見られたそうです。

 

コンサート終了後、

 

セルビア人メンバーは橋の北側へ

アルバニア人メンバーは橋の南側へ

 

未だ、

セルビア人が護衛なしで橋の南側に近づくこと、

アルバニア人が護衛なしで橋の北側に近づくこと、

は大変危険です。

 

柳澤寿男氏だけが、

自身が居住するエリアとは反対側となる北側まで

セルビア人メンバーを見送ってから橋の南側まで戻ったそうです。

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