死海文書とは?その内容から書いた人、都市伝説を紹介!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

死海文書とは

”しかいぶんしょ”や”しかいもんじょ”と読まれます。1947年以後、死海の西海岸の洞窟(クムランという地域付近)で発見された近代史上、最大の発見と言われる書物です。近代文明の生みの姿を解き明かす重要な手がかりとして研究が進められています。

死海とは

アラビア半島の北部で、ヨルダンとイスラエルの国境にある湖で塩分濃度が非常に高く魚などの生物がほとんどいないことから”Dead Sea(死海)”と呼ばれるようになりました。

死海文書はどこで保管・展示されているか

発見された死海文書の中で最も古い書物である「イザヤ書」は、イスラエルの首都「エルサレム」にあるイスラエル博物館にあります。

 

死海文書の内容

内容はヘブライ語で書かれており、後に旧約聖書(キリスト教の聖書)となる一部や宗教に関することがまとめられています。

 

死海文書の何がすごいのか

人類最古の聖書で、紀元前2〜1世紀ごろに書かれた死海文書の内容が何千年にも渡って多くの人々に語り継がれ影響を与えたこと。そしてこれは2000年前のイスラエル人の宗教観を体験することができ、初期のユダヤ教・キリスト教の解釈を変えるものだったといいます。

 

死海文書は誰が書いたのか

現在でも議論されており未だ解明はされていません。ユダヤ教団「エッセネ派」によって書かれたという意見が有力です。

エッセネ派とは

死海のほとり「クムラン」という場所を拠点に居住していたユダヤ教団。ローマ軍の侵攻から守るため、洞窟に死海文書を隠したと考えられています。イエス=キリストの人生とエッセネ派の戒律には一致していることが多く、イエスはエッセネ派に属していたのではないかとも言われています。

 

死海文書にかかる都市伝説

死海文書が発見され公開されるまでにあまりにも時間がかかったことから、その内容がキリスト教の聖地”バチカン市国にとって公開したくない内容だったのでは?”と囁かれ、様々な都市伝説が生まれました。

日本人が救世主!?

死海文書では”終末思想(この世には終わりがあるという考え)”が中心に書かれ、”メシア(救世主)”を待ち望んでいると書かれています。

具体的には光の子と闇の子による争いが始まり、人類は最大の災厄を迎えることになる。この時に「アロンのメシア」と「イスラエルのメシア」が登場するといわれる。

このアロンのメシアはエッセネ派から生まれ、イスラエルのメシアは現代でいう日本人から生まれると言われているのです。その理由としては、紀元前8世紀ごろ、イスラエルは「イスラエル王国」と「ユダ王国」に分裂していました。アッシリアに侵攻されイスラエル王国は滅びますが、そこに居た数十万人もの民はユダ王国に移住したという記録もなく、東方、つまり日本の方へ大移動を行った記録だけがあるのです。また、ユダ王国に仕えた預言者イザヤの「東で神を崇め、海の島々でイスラエルの神、主の名を崇めよ」(イザヤ書24章15節)といったメッセージもあるのです。

 

2018年に世界が滅ぶ!?

死海文書では「終末の予兆からおよそ70年後に世紀末の大破局が来る」と伝えています。死海文書が発見された1947年を終末の予兆とすると、その約70年後である2017〜2020年頃に世界が滅ぶと考えられているのです。日本人が救世主となってこの危機を乗り越えることができるのでしょうか。。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加