韓国の独立記念日!三一独立運動はなぜ起こったのか?背景と理由

韓国の独立記念日!三一独立運動はなぜ起こったのか?背景と理由

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3月1日は韓国の独立記念日です。1919年の三一独立運動はなぜ起こったのか?その背景と理由を分かりやすく紹介!韓国は日本の一部だった?万歳デモとは?日本は暴力支配?アメリカ人宣教師による煽動についてなど紹介していきます。

 

3月1日は、韓国の独立記念日

韓国では「3月1日」は「独立記念日」という特別な日になっています。しかも2019年の3月1日はさらに特別で独立から丁度100年の節目の年になります。

韓国は日本の一部だった

1919年当時、現在の韓国(朝鮮半島一帯)は日本の植民地でした。つまり、日本が占領しており、日本の領土の一部だったのです。

 

韓国の独立

韓国は1919年の3月1日から始まった「三一運動(三一独立運動)」によって、日本からの独立を果たしました。

三一運動(三一独立運動)とは

歴史の教科書では「三一独立運動」という表現も多く見られますが同じ運動のことを指しています。日本に支配からの独立を目的とした運動で、1919年の3月1日に朝鮮半島で起こりました。現在のソウルにある”パゴダ公園”にて独立宣言書が読まれたことを発端に聴衆が「大韓民国独立万歳」と叫ぶデモが始まり、瞬く間にその運動が朝鮮全土に広がりました。

「大韓民国独立万歳」と叫んだことから”万歳デモ”と呼ばれることも多いです。

三一独立運動への参加人数

1919年、独立を勝ち取った三一独立運動の参加者は110万人にも上り、およそ120回以上ものデモが行われました。

日本の支配は暴力的ではなかった

日本に占領されていた韓国が独立したということは、日本からの支配は酷く暴力的であったと想像する方も多いでしょう。しかし、当時の朝鮮人に対して選挙権や被選挙権を与えるなど、決して朝鮮人を差別することはありませんでした。そのため、当時の朝鮮人はむしろ親日だったとも言われています。

アメリカ人宣教師による煽動

では、なぜそんな日本から朝鮮人は独立をしたのでしょう。当時日本は第一次世界大戦に勝利し、世界の列強の仲間入りを果たしました。そしてアメリカから目をつけられることになります。19世紀後半は、たくさんのアメリカ人宣教師が朝鮮へやってきてキリスト教を布教し始めた時期で、キリスト教とともに「民族自決主義(ウィルソン)」を朝鮮人に伝えます。

こうして朝鮮人へ独立意識を芽生えさせ、増長させることで三一独立運動に繋がっていくのです。

古くから使われる手法

アメリカが日本を警戒してとった上記のような”敵対国を分裂させる”という手法は昔からある手法でした。第一次世界大戦においてもイギリスが敵対したオスマン帝国内でアラブ人を独立させて分裂させたという手法と全く同じですよね。